今日は神戸市北区でお仕事してきました。すんごい吹雪でした。
忘れとったけど、兵庫県は北部と南部でおそろしく気候が違うです。
播磨地方と日本海側という区分だけでなく、神戸市内でも同じことが言えます。
瀬戸内海に面する垂水区(わたしの棲息地)は温暖で、あまり積もったことがありません。
だから今日はものすごいびびりました。滑る滑る。はまるはまる。キャーキャー。
まぁ夜にはほぼ溶けていたので、一抹の寂しさと共に帰路を辿りましたけれども。
仕事中、目の前でカップルが喧嘩をおっ始めたのでそれにもびびりました。
原因は、ギョーザとシューマイのどちらを買うかということでした。平和だな。
ギョーザとシューマイを並べて試食販売していた自分に責任がある気がして、
黙って事の成り行きを見守っていたら、突然カップルの片割れのお兄さんに
「どっちがおいしいと思います?」と訊かれました。
わたしの口から咄嗟に出た返答は――
「肉まんです」
・・・結局彼らは「海老わんたん」を選び取り、静かに去っていったのでした。
誰かわたしのジャムおじさんになってください。ノーミソ取り替えたい。
夢日記番外編。
わたしはよく寝言を言うそうです。学生時代の合宿や飲み会とかでもあったそうです。
友人たちや家族、親戚からいくつか証言をいただいたので、ご紹介しまーす。
・「うん。特別オッケー!」
合宿で寝っ転がって隣のお布団に侵出し、親友のIさんに
「よっちゃんごめん、もう少しアッチへ…」と声をかけられた時の元気な返事。
・「カイワレ」
酔いつぶれて寝てしまい、心配したIさんともう一人の友人・Kさんに
「よっちゃん、大丈夫?」と声をかけられたときの憔悴した返事。
・「ラック!!」
小学生時代、隣に寝ていた兄と足がぶつかったときの咄嗟の怒号。
・「だーせるぼん…びりびりり…」
小学生時代、叔母に「凪ちゃん、スイカ食べる?あ、寝てるのか…」
と声をかけられたときのピエロな返事。
・「ナモニモ、ナイモニ、スンスン」
小学生時代、イタズラ好きの姉に鼻をつままれたときの苦しげな呪文。
・「ちりちりしてきた。フフ…」
幼少時代、母を薄目で見ながらのポルターガイストなセリフ。
意味不明な寝言が多すぎる。でも全然覚えてない。ナモニモナイモニ。
今年の初夢は豪華三本立てでした。
一本目。
ダウンタウンの松っちゃんに膝枕をしてもらい耳を撫でられ喜んでいた浜ちゃん
二本目。
「しゅっちにっくりんじゃあ」と鳥取砂丘でごろごろと転がって喜んでいたわたし
三本目。
体長60cmくらいの鮮やかな瑠璃色の蝶が部屋の中を
飛び回っているのを見て気絶し、現実世界に覚醒したわたし
(「ホォウ!!」という絶叫付き)
中身は大して豪華じゃないねー。
昨日は親戚一同が集まる日で、久々に派手に飲みまくったせいか
ベロンベロンに酔っ払って しまいました。二日酔いで頭がガンガンします。
では本編。前回の続きです。
遅刻したわたしを、MとHは寛大にも許してくれました。
というか到着した途端、爆笑されました。 なんだかんだで良い友人達です。
そしてわたし達はいよいよ旗振山に挑むことに。
この旗振山は地元ではけっこう有名なハイキングコースで、
わたし達の他にもたくさんの人が登山を楽しんでいる様子でした。
わたしも、運動不足ながらも弾んだ気持ちでいたのですが…。
山を登っている最中にふと気がついたのです。自分が今
寝不足・空腹・二日酔いという、
ヘレン・ケラーもびっくりしてオマイガッナニヤッテンダッと天を仰ぎそうな
三重苦に見舞われていることに。アホー。
頂上に近づくにつれ、徐々に青ざめていくわたしをMとHは心配して
「ゆっくり行こうか?」「休んでいいよ」と声をかけてくれましたが、
不甲斐ないのと申し訳ないのとでいっぱいだったわたしはそれを振り切り、
早足で駆け登りました。ますますつらくなりました。アホー。
そして。日の出の約10分前に頂上の展望台に辿り着いたわたしは、
安堵のあまりため息をつきました。
その瞬間、胃袋の中で目覚まし時計が爆発的に鳴るような衝撃を覚えました。
まあつまりは猛烈な吐き気に襲われました。
「よっちゃん?え、どうしたん!?」
Hの悲痛な声に、Mも慌ててわたしの方へ振り返りました。
「きぼちがわるい」
…それは一瞬の出来事でした。
Hは見ました。口元を押さえたわたしの指の隙間から噴き出すものを。
Mも見ました。地面にざばーとこぼれ落ちていくものを。
その他大勢の人々も多分見てました。山の頂上で突然ツブれた女の顔を。
…………………………………………。
「…アノ…ヨッチャン、コレ使ッテイイヨ…ティッシュ」
「ア、ゴミ箱ガアソコニ…ウン、アソコニ…」
「ソ…ソウデスネ…ドウモアリガトウゴザイマス…」
小学校からのつきあいにおいて、このような気まずい空気が
かつてあったでしょうか。ほんまにアホー。
悲惨なテンションの中、オーッという歓声につられてそちらへ視線をやると、
透き通るような海の稜線に朝日がゆっくりと現れ始めていました。
美しい初日の出に、ようやくホッとしたように笑みをたたえるMとH。
一方のわたしは、昨晩の流れ星は虫の知らせだったのだろうかと
Hのくれたラズベリーキャンディを舐めながらそんなことを考えていたのでした。
あけましておめでとうございます。はじめまして、2007年。
二十数年生きてきた中で、忘れられない「元旦」がひとつあります。
今日はいきなりそのお話。馬のお話ではないです。
学生時代の大晦日のことでした。
「初日の出を見るために須磨の旗振山を登って展望台に行こう。
待ち合わせ場所は小○寿しチェーンの前、朝の5時50分集合ね」
と、わたしは二人の友人・MとHと約束を交わしました。
その夜。紅白歌合戦を見終わった後、母と一緒に明石海峡大橋の
ライトアップ・カウントダウンを見に行く途中、大空を滑り行く流れ星を目撃しました。
「今年最後に流れ星を見られるなんて、明日は何かいいことがあるかもね」
と母と共に興奮状態だったわたしは、ここ数日の遅寝のせいもあって
全然寝付けませんでした。
「このままじゃ明日の待ち合わせに響いてしまう」
焦ったわたしは母の制止も聞かずに、日本酒をがぶがぶ飲みました。
アルコールが入れば寝られるという浅はかな考えに沿った行動でした。
そして確かに爆睡したのでした。
翌朝。母の突撃音で眼を半分開けたわたしは、
「あんた!!今、5時55分なんだけど!!」
という絶叫で飛び起きました。どれくらいの飛び起き具合だったかというと、
母が「うちの子は忍者だ」と思った程の飛び起き具合だったそうです。
母に頼んで遅れる事情を話しに行ってもらい、その間
わたしは慌てて顔を洗って服を着替え、髪を整えました。
そして約束を15分程違えながらも母の運転する車で、
MとHが待つ場所へ即行で向かったのでした。
まさかあのような惨劇が起こるとはつゆ知らずに…。
つづきまーす。